箱型スカイライン通称「ハコスカ」

ハコスカって言えばもちろんスカイラインC10系のことですが、みなさんは、ハコスカについてどのようなイメージをおもちでしょうか。

私としては、スカイラインシリーズの中でもケンとメリーのスカイライン(ケンメリ)やその後のスカイラインに比べて、圧倒的にハコスカシリーズが大好きですね。

その答えは、角張ったハコスカのシンプルなスタイル、ハイスペックなエンジン、そして軽めのボディで軽快な走りが楽しめるからなんですね。

皆さんは、あの四角張った形を考えると空気抵抗が、悪そうなイメージをお持ちの方もいると思いますが、あの形には想像も出来ないような低空気抵抗なんですよ。

ハコスカ後のケンメリはCMも良かったたし、スタイルもスマートになりましたが、ハコスカに比べて重量が重くなったので、走りを楽しむという点ではハコスカの方が一枚上手でした。

なんといってもハコスカの魅力は、レーシングカーを思わせるスタートダッシュですね。最高速度は、後のスカイラインシリーズがエンジンも新しくなっているので早かったんでしょうが、体感速度としての速さはハコスカが1番でした。特にエンジンのレスポンスは特別でしたからね。

当時の日産は1年経つとマイナーチェンジを繰り返していて、あの時のスカイラインに対する意気込みを強く感じてしまいます。その結果、パーツが細かく分かれてしまって、生産年数も短くパーツはとても少なく、今では手に入らないものが多くとても残念に思います。

永く乗り続けるにはどうしてもパーツは必要なものですからね。

スカイライン人気はハコスカから

スカイラインクーペ、量産型の歴史は3代目の「ハコスカ」から始まったとも、言われていますね。

1968年7月にデビューのハコスカは、発売当初は1500ccのセダンのみということでした。ですが、その2か月後には直列6気筒のL20型エンジンを搭載のハコスカ2000GTが出てきたんですね。

発売開始2か月で新エンジン搭載というのは、とても短い期間です。最初にハコスカ1500ccのセダンを購入された方たちは納得されたんでしょうか。日産に文句を言いに、駆け込まれた人たちも多かったようです。

翌年2月にはハコスカGTRが誕生、同年8月には1800ccを追加と、スカイラインはバリエーションをどんどん増やしていったんです。もう最初に購入された方々の複雑な心境は相当なものだったようです。

今となれば、初期型の方が価値が高くなることも、しばしばありますから、ハコスカを現在も所有されている方がおられれば鼻が高いかもですね。

そのようなハコスカシリーズで、ハコスカの6気筒のスカイラインGTモデルは、4気筒に比べ長いエンジンを搭載するため、ノーズを195mmも延長しているんですね。このことはセダンでもクーペでも変わらず、デザイン上でも、とても大きな差となっているんです。

あの当時は、ロングノーズスタイルは凄くレーシーであり、ハコスカは誰もが認めるスポーツカーとしての証でしたね。

ハコスカ人気は神話化するほどの凄まじさで、益々高額になってます。

箱型スカイライン ハコスカエンジン

箱型スカイラインハコスカ搭載エンジンは年式・グレードによりいろいろ有ります。

スカイライン2000GTに積まれていた縦長L20型のエンジンは日産製のエンジンで、ハコスカGTRに搭載されていたS20型エンジンや1500cc・1800ccの4気筒エンジンはプリンス自動車開発のエンジンだったんですね。

ハコスカは、日産とプリンス自動車の合併した後、最初の車両だったので、グレードによりハコスカに積まれたエンジンの種類が様々に混在しているんです。

名はスカイラインで、しかも同じ車種でもグレードが違うだけで、あれほど違う特徴があるのも分かります。

L型エンジンは、ハコスカチューニングの世界では知らない人はいない位の有名なエンジン。ちなみにL型エンジン名前の由来はというと、直列(Line)エンジンのLineの「L」頭文字からきているようです。

L型エンジンはスカイラインだけではなくて、SSS(スリーエス)で人気だったブルーバードU(ブルU)やフェアレディZ、セドリック・グロリア等日産車の数多くに搭載されました。

非常に剛性が高く、ポテンシャルがとても良いエンジンでチューンナップで、飛躍的にパワーアップすることが可能なんですね。

現在でもハコスカは現役バリバリでゼロヨンやレースで活躍しています。ハコスカの強心臓はまさに不朽の名機スーパーエンジンと言えるでしょう。

L型エンジンは、とにかく丈夫で長持ちまだまだいけます。

三代目スカイライン ハコスカの秘話

3代目スカイラインハコスカが誕生したのは、昭和40年のことです。会社の上層部の間では日産とプリンスの合併話が進んでいる頃の事です。その時に現場では次期スカイラインの開発がどんどん進んでいたんですね。

日産自動車とプリンス自動車が合併した昭和41年位には、箱スカイラインの試作車が作られていたそうなんです。

当時のハコスカは、高速道路の整備を考慮したエアロダイナルックと呼ばれたボディーデザインがとても新鮮でしたが、ハコスカは時速100km/hを超えると凄い風切り音がしました。音は別としてもエアロダイナルックの効果のほどはどうだったんでしょうか。

ハコスカ最初のモデルは、1500シリーズの発売で、プリンス系G15型のエンジンでわずか88馬力。88馬力といえば、S57型のモデル2台で砂浜をくるくる走り回って、エンジン出力の88の文字を描いていていくスカイラインのCMがあったのを思い出しました。

やはりユーザーからは88馬力のエンジンでは物足りないと言われ、そのことも影響があったのでしょうか、わずか2か月後にはL20型エンジン搭載のハコスカ2000GTシリーズが発売になったんですね。

これだけではハコスカのチューンアップが大好きな人達には、まだ満足感が足りなかったようです。こうしてL型のハコスカが誕生ですね。

ハコスカの誕生秘話はこれだけではないようです。皆さんも色々噂話をしあったのではないでしょうか。それも楽しみの一つでした。

ハコスカはオシャレなスカイライン

スカイラインが日本の名車と言われるようになった第一号のハコスカGTRは、昭和44年に発売になりました。

ちょっと前に発売された、幻の名車トヨタ2000GTを10馬力も超えた160馬力をたたき出したS20型エンジンを搭載し、4ドアで誕生しました。

その当時、トヨタ2000GTはヤマハとトヨタの共同開発をした、日本最初の高性能スポーツカーと言われていて、当時としては破格の238万円でした。今の価格に直すと1500万〜2000万にも相当する高額スポーツカーだったんです。

そのトヨタ2000GTより、さらにハイパワーだった。凄いですねスカイライン。そして国内カーレースで不動の地位を確立した、50勝の中の半分以上は、4ドアスカイラインGTRだったんです。

スカイラインは硬派なレース界で着実に実績を積み重ねていながら、テレビのCMでは「愛のスカイライン」としてアピール、豪快な走りに似合わぬ、斬新なCMで販売台数をのばしていったんです。

ハコスカだけの特別な話なんですが、43年型にはライトの間にレンズが入っていたり、ヒゲが付いてていたりと、かなりのこだわりがあったデザインでした。

昭和44年にはハコスカのグリルが3ピースから1ピースに、少し変化し、45年式には2ドアモデルが追加され、グリルは縦じまになった。こうみていくとハコスカのグリルがは、毎年着替えていてかなりオシャレな車だったようです。

高性能でお洒落な車、それがハコスカですね。

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